<ないこと の凄さ>
歌手になってからこれまで、様々な言葉を歌ってきました。
中世のヨーロッパから現代の日本まで、たくさんの言語を。
でも今回の「ベルシャザル」での《預言者・ダニエル》のテクストほど印象的で
特異なものはありません。
空中に現れた《手》が謎の文字を書き、その意味を
バビロニア王ベルシャザルの前で読み解くというシーン。
____メネ メネ テケル ウパルシン____
不思議な響きの連なり。
この言葉を解読し、一語一語、恐ろしい内容を王に伝えるダニエルの歌は
この上なくシンプルな音符で書かれています。
初めて楽譜を見た時は正直、「え?これだけ???」と思いました。
実際に声にしてみると、作曲家ヘンデルがいかに多くの「現場」をくぐってきたか、
わかる気がします。
歌手というわがままな生き物を動かしながら、「劇場」という、
これもまた恐ろしい生き物である空間を最大限に生かし、動かす。
ロンドンにおけるイタリアオペラの黄金期が終わりを告げた時、華麗な舞台装置や
衣装、ケレンの全てを排し、ヘンデルは音楽と言葉だけで「ドラマ」をクリエイトしました。
その世界は、無限の豪奢とも言えるものかもしれません。
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